20070115 放射線一口メモ -ポロニウム210-
  
日本放射線安全管理学会
学会員 各位

企画委員会


 下記のように、最近話題となっている「ポロニウム210」に関連する内容について「放射線一口メモ」として、情報提供をいただきましたのでご案内致します。
 なお印刷してご覧になる場合には、PDFバージョンを用意しましたので、ダウンロードして下さい。




放射線一口メモ ― ポロニウム210 ―

日本原燃株式会社 安全技術室
田 邉 裕

 昨年11月英国で、ロシア連邦保安局の元中佐であるアレクサンドル・リトビネンコ氏が不審な死をとげた事件があり、同氏の体内から「ポロニウム210」という放射性物質が検出されたとの報道がありました。
 ポロニウム210は自然界にも僅かですが存在しています。土や岩石中にはウラン(U-238:99.3%、U-235:0.7%)が含まれており、ウランは放射線を出して別の原子に変わります。また、その原子も放射線を出してさらに別の原子に変わっていきます。このように次々と原子が変わっていき、最後に放射線の出さない鉛になって落ち着きます。その途中の原子で良く知られているのが放射能温泉として有名なラドン(Rn-222)ですが、ポロニウム210はこのウラン238の壊変系列の最後にあたる原子です。したがって、海産物や農畜産物をはじめ私たちの体内にも僅かですが取り込まれています。ちなみに、文部科学省環境放射線データベース(1)によると、海産物中に含まれているポロニウム210の量は農産物中のそれより多く、貝類では4.1~30ベクレル/kg・生、魚類で0.2~53ベクレル/kg・生といった測定結果になっています。私たちの体内には成人で約20ベクレル程度存在していて内部被ばくのもとになる核種の一つとなっています。
 新聞では、ポロニウム210はウランの300倍強い放射能を有するとの報道がなされていましたが、実際はウランと比べて128億倍です(2)。六ヶ所では商業用のウラン濃縮工場が稼動中で天然ウランを原料として取り扱っているわけで、このウランがポロニウム210の300分の1もの危険性の高い物質であると誤解されることを懸念して敢えてここに示しました。1898年、キュリー夫人がウラン鉱物であるピッチブレンドの精製を進めていた際にウランより300倍高い放射活性を示す画分を得て、その中に未知の金属が含まれていると考え、この金属を母国のポーランドにちなんでポロニウムと名付けました。実際は完全に精製されていないものを完全精製物とみなしたことによる誤解から生じたものと考えられます。
 ポロニウム210は、ほぼ100%アルファ線を放出する核種で、物理的半減期は約138日、生物学的半減期は約50日、実効半減期は約37日です。
 アルファ線は空気中で数cmの飛程しかありませんので外部被ばくは問題となりません。吸入または経口により体内に取り入れた際にそのアルファ線のエネルギーのすべてを臓器、器官の細胞に与えることになりますので、その影響はアルファ線を放出しない核種より大きなものとなります。ポロニウム210の毒性を示す実験例としては、ラットに1.45×106Bq/kg(体重)を静脈注射すると14~44日の間に全数死亡したとする亜急性の致死に関する報告(3)があります。この1.45×106Bq/kg(体重)を比放射能1.66×1014Bq/gを用いて質量に換算すると8.7×10-9g/ kg(体重)となります。これはラットにおける結果ですが、成人男性の体重70kgあたりとして換算すると6.1×10-7g(0.00061mg)あれば亜急性の致死をもたらし得ることになります。ちなみに科学技術庁告示第五号によればポロニウム210の経口摂取した場合の実効線量係数は2.4×10-4mSv/Bqとしており、これにポロニウム210の比放射能1.66×1014Bq/gを用いて、1mSvの預託実効線量を与える質量を計算すると2.5×10-11gとなります。人の致死線量である8Svを与えるのに必要な量を、この値を用いて計算すれば2×10-7gとなります。ただし、この値は預託実効線量であって(亜)急性影響に関する指標にはなりません。
 体内のポロニウム量を決定するには、当該核種がアルファ線しか放出しないため体外からの計測法では不可能で、尿や糞の放射能を測定するバイオアッセイ法で行う必要があります。
 ポロニウム210の製造は、天然ウランから分離する方法のほかに、ビスマスの原子炉照射によっても人工的に作ることができます。ビスマス209が中性子捕獲をして生じるビスマス210がベータ崩壊してポロニウム210となります。施設があれば後者の方法のほうが容易に製造できるようです。
 ポロニウムは化学的に液体にすることもでき、完全に密閉したプラスチック容器などに入れれば保持者は外部被ばくはもちろん内部被ばくも殆どせずに、また検疫など外部からの検出も困難ですので、国を越えての移動も比較的容易に行えたのではと推測されます。

 
(1) 文部科学省 環境放射線データベース
(http://search.kankyo-hoshano.go.jp/search.top)
(2) キュリー夫人はポロニウムとともにラジウム226の分離にも成功しましたが、ちなみにラジウム226との比較では4,500倍となります。
(3) Int.J.Radiat.Biol.1997,Vol.72,pp.341-8;‘‘Reduction of subacute lethal radiotoxicity of polonium-210 in rats by chelating agents‘‘Rencova J,Svoboda V,Holusa R,Volf V,Jones MM,Singh PK

-以上-